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中国と日本

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 見ているドイツ紙 (Zeit online) に日本関係の記事が掲載されていたので、雑に訳してみる。タイトルは、"China und Japan": Wer modernisiert besser?(「中国と日本」:どちらがより良く近代化されているのか?)。「日中関係は単純ではない。カイ・フォーゲルザンクは中国と日本について書いている。」マティアス・ナスによるレビュー。以下、内容である:

 相手の言語を話せない日本人と中国人が出会うとき、彼らはしばしば一枚の紙を取り出し、書面でコミュニケーションを取る。漢字は日本語の文字でもあるからである。両民族は韓国人とともに「漢字文化圏」に属している。それは主に祝福であったが、呪いになる可能性のある親密さであった。そして相互の尊敬は、軽蔑と憎しみに変化した。

 

 「彼らはお互いに一緒にいることはできないが、お互いになくてはならない存在である」。これはハンブルクの中国学者カイ・フォーゲルザンクが日中関係を要約する言葉である。『一つの空の下の二つの帝国』に関する彼の素晴らしい本の中で、彼は紀元前221年に中国を統一した秦の始皇帝の時代に遡る。当時、日本は「渦巻く海」を超えた未知の世界であった。


 両国の発展の差は甚大であり、中国は文化的な刺激と推進力となり、19世紀に状況が逆転するまでほぼ2000年の間その状態を維持した。この関係は、唐王朝(618~907)の間に最初の頂点に達した。日本の遣唐使は、唐の抒情詩だけでなく、刑法も持ち帰った。それによって、隣国の業績は単に採用されただけでなく、さらに発展した。「このためだけに、中国の文化は何世紀にもわたって日本で保存されてきた。それは中国のままではなく、日本のものになったからである」とフォーゲルザンクは説明する。

 

 明王朝(1368~1644)では、日中関係は2番目の全盛期を経験した。しかし、その後、徳川幕府(1600~1868)の下で、日本は外界から遮断された。2世紀以上の間、日本は「鎖国」を維持した。それは、ヨーロッパの商人、宣教師、征服者と共に新しい文明がアジアにやってきた時であり、それは多くの点で中国のものよりも優れていることが証明された。


 自主隔離は19世紀半ばまで続いた。1853年にアメリカのペリー提督の「黒船」が江戸湾、今日の東京に現れたとき、日本政府は歴史的な転換を遂げた。西洋の技術、西洋の法律、そして西洋の行政は、明治時代(1868年~1912年)のすべてのものの基準となった。「中国はその伝統に固執し続けたが、日本は非常に短期間で近代国家に発展した」とフォーゲルザンクは書いている。

 

 清王朝後期(1644年~1912年)の中国は、自国を改革することはできず、また望んでもいなかった。19世紀半ばのアヘン戦争の恥辱は、西洋諸国の優位性を残酷に明らかにしたが、中国の支配階級の自尊心を根本的に揺るがすことはなかった。宮廷と官僚は、その技術がどれほど素晴らしいものでも、文化的には西洋は中国にははるかに及ばないと信じていた。


 その後、革命が清王朝を一掃した。孫文は1912年1月1日に初代中華民国総統に就任した。孫文と同様に、中国の革命家の多くは日本に住み、勉強していた。自由主義マルクス主義を含む西洋の思想とイデオロギーは、日本を通して中国にやって来た。このように、フォーゲルザンクによれば、日本は「中国の近代化の原動力」となった。

 

 しかし、ナショナリズムは最も強力で最も破壊的なイデオロギーであることが証明された。ナショナリズムは日本の軍指導部と政治家に浸透した。日本はすぐに戦争を求めた。それは1930年代に満州で傀儡政権を打ち立てた。それから天皇の軍隊は南方に進軍した。彼らの残虐行為は1937年の南京大虐殺で最高潮に達し、最大30万人が殺害された。

 

 日本人への憎しみは今日でも中国で燻っている。しかし、数十年後、戦争の相手は再び経済モデルになった。1978年に両国は平和条約に署名した。同年、中国の偉大な改革者である鄧小平が来日した際、かつての敵と握手を交わした。すなわち、「過去に両国間で不幸な事件があったとしても、2000年の日中友好交流の歴史の中では瞬く間に過ぎなかった」と語った。

 

 鄧氏は、超近代的な新幹線で日本全国を視察し、非常に効率的な工場に驚嘆した。「ここに来て初めて、私は近代化が何を意味するのかを理解した」と彼は感銘を受けた。中国は追いつき始めた。そしてそれを止めることはなかった。2010年に中華人民共和国は、世界第2位の経済大国として日本に取って代わった。米国だけがまだ強かった。

 

 中国の台頭に端を発した今日の大国間の競争において、日本は同盟国であるアメリカ側にしっかりと立っている。しかし、2つのアジア文化は密接に結びついており、21世紀の西洋の考え方に挑戦するであろう。東京や北京から見ると、今はアメリカやヨーロッパの世紀ではないことは確かである。つまり、日本人と中国人はいつでも書面でお互いに話し合うであろう。

 

 以上である。当たり障りのないレビューであると思う。