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Das ist ein Tagebuch...

ルール破りへの憎しみ

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 昨年の記事であるが、見ているドイツ紙 (Zeit online) に気になる記事が掲載されていたので、内容が内容だけに、あまり気乗りはしないのだが、雑に和訳してみる。タイトルは、"Japan: Hass auf die Regelbrecher"(日本:ルール違反者への憎しみ)。「コロナ危機は、すでに克服されたと思われていたある社会的側面を示している。日本では、専門家が人種差別に加えてファシズムの兆候を観察している。」フェリックス・リルによる分析。以下、内容である:

 

 「落ち着け!」誰かが入り口の前で叫ぶ。「家に帰れ!」日本の娯楽施設であるパチンコ店の前に10人、おそらく20人の男性が立ち、このコロナ禍の時でもパチンコ台でギャンブルをしたい人たちに怒鳴り掛かる。「自分をコントロールすることなんかできないよ」と、明らかにギャンブル中毒者が列から答える。「だから私はマスクをつけている!」ー「ここから出て行け!」と怒声が帰ってくる。「日本から出て行け!」怒りに満ちた正義感が漂っている。そして、ルールに従わないように見える人々への憎悪。

 

 このような法と秩序の(過剰)遵守にちなんで名付けられた"Jishuku keisatsu"(自粛警察)は、最近日本でも繰り返し報道されている。「自粛警察」は実際の警察官ではなく、コロナ危機の最中に発表された措置の遵守を主張する一般人である。そして、東京のパチンコホールの前の情景のように、道徳的勇気が社会的迫害に変わることも珍しくない。なぜならば、遊戯施設の営業は禁止されていなかったからである。遊戯施設への入店は現在、政策的には歓迎されていないが、それでも許容されている。

 

 このような事件は、この東アジアの国でここ数週間増加している。新聞やテレビはほぼ毎日それを報道している。新たな感染を防ぐために家にとどまっている人々に対する声高な主張は、日本社会の強さの表出なのか?それとも、彼らの非難は、コロナによるさらなる国民的脅威であり、健全なものではなく、社会的なものであろうか?

 

 階層の力:ファシズム研究の第一人者によると、これらの展開は何よりもまずファシスト的である。「コロナ危機の勃発以来、何度も目にしてきたことを、私は非常に心配している」と、神戸の甲南大学社会学者兼教授であり、現在ベルリンのフンボルト大学客員教授であるDaisuke Tanoは言う。しかし、彼は驚かない。コロナ危機が発生する前からの研究に基づく彼の社会的診断は、今特に目立ってきている。

 

 田野は10年以上にわたり、大学で毎年恒例のコースを提供し、映画「ザ・ウェーブ」由来のファシズム実験を再現した。4月に出版された彼の本は、そのタイトルが「ファシスト教室:なぜ集団はワイルドになるのか」と翻訳することができ、この実験を文書化している。実験のために、田野は毎年彼のコース参加者の指導者であると宣言した。彼らは制服を着用して、一種のナチス式敬礼で彼に敬礼しなければならなかった。「我々はいくつかの手段を通じて共同体意識を強化した」と、この研究者はビデオチャットで報告する。「そして徐々に、たとえば、キャンパスでいちゃついているカップルを叱責するように参加者に指示した。」 1つの結果:階層の力とグループ感情が参加者に彼らの障壁を忘れさせ、彼らはますます無遠慮になり、部外者に対して攻撃的になった。

 

 そして、それはゲームではないという唯一の違いを除いて、最近この国で起こっていることに似たものではないのか?日本の伝統的な酒場である東京のある居酒屋のオーナーは、最近、彼の店のブラインドにつけられたメモを見つけた。「こんな時分にまだ店を開いているのか?」彼がその隣に、規定通りに特定の時間に営業するつもりであると説明し、その答えを貼り付けた後、その上にこう走り書きがされていた:"baka"。次のような意味である:ばか。

 

 東京東部の千葉県では、最近、ある菓子屋に「店を閉めろ!さもないと子供たちがここに来る」という匿名の手書きメッセージが添付された。オーナーは3月から店を開けていない。「その脅迫者がそのような脅しをすることは、以前は犯罪がなかった場所でも発生するということである」と田野氏は述べる。日本の安倍晋三首相が4月初めに非常事態宣言を発出した際、各都道府県は店舗の営業停止と夜間外出禁止を課す権限を与えられた。しかし、原則として、それは要請と推奨にとどまった。

 

 政治家は時々そのような行動を扇動する。大阪府知事は最近、緊急の閉店勧告にもかかわらず営業を続けているパチンコ店のリストを発表した。「それは、そのような企業に対する公の暴動への直接の誘いではない。しかし、それは間接的なものである」と田野は指摘する。多くの店主は、営業を続行する経済的な理由を挙げている。政府は閉鎖を命じず、希望するだけなので、事業者は補償金を受け取ることはなく、わずかな支援しか受けられない。

 

 その間、ドイツと同様に、警察は、普通の市民を軽微な犯罪、あるいはほとんど単なる苛立ちで中傷する人々からの電話が増加していることを報告している。日本とドイツは同じではない。田野氏によれば、日本では単なる要請に応じることが多いが、ドイツでは法的効力がある場合にのみ新しいルールが遵守されるようになる。また、今日のドイツよりも日本で顕著であるこの積極的服従のために、田野は現在、日本をよりファシスト的な社会であると考えている。

 

 政治学者はファシズムの明確な定義に同意しない。ただし、通常は、明確なヒエラルキー(階層)を優先する考え方が想定されており、その遵守によって共同体が結び付けられる。共同体はまた、部外者に対する憎しみが醸成されているという事実から形成されている。コロナ危機の場合、「部外者」は何らかの理由で行動要請に従わない人々である。しかし、外国人もまた、典型的な部外者のグループを形成することがある。

 

 ドイツではコロナ危機の発生とともに、アジア出身の人々に対する嫌がらせや攻撃が報告されたが、日本では公的機関による差別もあった。たとえば、経済的困難に直面した学生は現在、援助を申請することができる。留学生は、特に成績が良い場合にのみこれを行うことができる。さらに、最近母国に一時帰国した日本の就労ビザを持つ外国人女性は、現在、再入国を拒否されている。国内での抗議の後、政府はその規制を緩和した。現在、「人道的理由」を証明することができる人々は免除される。しかし、彼らのほとんどはまずは国外に留まらなければならず、したがって彼らの生計は奪われるであろう。

 

 これらの展開はどれも反響なしではすまない。現在、日本関連の研究者の国際的共同体の間では外国人に対するコロナ関連の差別を非難する請願が行われている。そして先週末、人種差別に反対するために、さまざまな理由で何百人ものデモ参加者が東京の渋谷地区に集まった。米国でのジョージ・フロイドの死は、街頭抗議を引き起こしたが、それだけではなかった。 5月末には、日本のある警官のビデオがTwitter経由で公開されたが、そこにはこの警官が路上でクルド人男性を攻撃的に調査し、詰め寄っている光景が映されていた。日本でも、外国人は日本人よりも警察によるいわゆる職務質問の対象となることが多い。

 

 以上である。日本人が特に気にしていない彼ら自身の行動様式の中には、日本人以外の観察者の目から見ると驚くべきものがある。上記もその一つであろう。日本社会が異様に窮屈な空間であると思わざるを得ない理由、その主要要因の一つは、外部の人間には見えない、無数に張り巡らされた「掟」に起因する、この社会に内在化された非人間的・全体主義的特性ではないのか。