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オリンピックとナショナリズム

 たまに見ているドイツの新聞 "Die Zeit" に、例によってオリンピック関連の記事を見つけたので、誤解もあると思うが、和訳してみる。 

 

 記事のタイトルは、"Olympia 2021 in Japan: Japans Nationalisten und ihr Plan mit den Spielen" とあり、「日本のオリンピック2021:日本のナショナリストと彼らの競技に関する計画」と訳せようか。オリンピックと日本のナショナリズムの関連性を論じる記事らしい。見出しは、「アフターコロナの最初のオリンピックはどこで開催されるのか?:2021年の東京か、2022年の北京か?日本は、ライバルがパンデミックに勝つことを望んではいない。」と続く。以下、記事の内容である:

 

 五輪組織委の森会長は昨年4月、「東京オリンピックが開催できれば、人類がこれまでに直面した最大の災害の一つを打ち負かした証になるであろう」と語った。スタジアム、オリンピック村、その他すべての施設が完成し、あとは競技を待つだけであった東京2020を中止に追い込んだのは、Covid-19であった。昨年3月末に、主催者側は当初の計画を破棄し、しぶしぶ1年の延期を発表した。

 

 それ以来、大多数の日本国民がオリンピックに反対してきた。問題は主に健康と費用に関するものであり、費用に関しては、延期により数十億ドル増加している。しかし、このような危機にあるにも関わらず、森会長は、競技は「間違いなく行われる」と、今週再び断言した。

 

 …2021年7月23日に予定されている開会式では、Covid-19との全世界的な戦いをテーマにする必要がある。したがって東京オリンピックの開会式で、おそらくパンデミックに対する勝利の芸術的な表現があるだろう。ウイルスに対するこのスポーツの勝利の祝祭は、オリンピック運動のためにうまく売り出されるだけではなかった。日本にとっても最高のPRになるであろう。…何年もの間、主催者側は「戦え、日本!」と連呼しムード作りに励んできた。そしてその際、責任者たちの政治的方向性を見てみると、スポーツ競技に限定されたものとして捉えるのは、いささか困難である。


 組織委員会会長で元首相である森は、日本会議と呼ばれる各界のナショナリストを糾合する組織の一員でもある。菅義偉首相、前任の安倍晋三首相、小池百合子東京都知事など、多くの保守系の国会議員、学者、ビジネスリーダーがそれに所属しているか、少なくともそれに近い位置にある。日本会議のスローガンは「誇りある国をつくる」である。彼らの目標の一つは、第二次世界大戦における日本の犯罪を相対化し、国が戦争を遂行することを禁じている平和主義憲法を改変することである。中国との地政学的緊張の中で、軍備拡張の必要性も繰り返し宣伝されている。

 

 建前上は、これらとスポーツは何の関係もないとされる。オリンピック組織委員会は、「この組織とは何の関係もない」と回答している。また、日本会議側も東京2020とは関係していないと主張している。成蹊大学社会学教授で日本のナショナリズムの専門家である伊藤正明氏によると、そのような直接的な接触は必要はない:「以前からナショナリズムは日本における国際的なスポーツイベントにおいて重要な役割を果たしてきた」と伊藤教授は述べる。そしてそれは今日も同様である。

 

 これは、オリンピックの主催者がさまざまな年齢階層の学校学級に配布する教材にはっきりと見て取れる。『オリンピック・パラリンピック入門』のある章には、テニスラケット用のストリングマシンなど、日本のスポーツ関連の発明について詳説されている。そのタイトルは、「世界で用いられる日本の品々」である。その一方で、1930年代から1940年代に日本が引き起こした重大な侵略についてはほとんど取り上げられていない。

 

 第二次世界大戦におけるドイツの同盟国としての日本の役割もまた、スポーツの歴史において重要な位置を占めるはずである。1930年代に中国に対する侵略戦争を始めていなかったとしたら、東京は早くも1940年にアジア初のオリンピック開催都市になっていたであろう。しかし、日本はスタジアム建設用に準備していた金属を結局は武器生産のために転用し、競技のために用意された馬は軍によって徴用された。


 しかし、オリンピックの教科書では、1940年代の大会の中止については、日本と中国が互いに戦争をしているという単なる言及を除いて、それ以上詳しくは説明されていない。その代わりに、次のページで1964年の東京大会の成功について詳しく説明している。高速鉄道である新幹線建設と衛星を使った最初の生放送により、日本は第二世界世界大戦後に復活したテクノロジー国家としての地位を確立した、と。

 

 「今日、東京オリンピックの主催者は、主に1964年との類似点を見つけようとしている。その一方で、1940年は可能な限り無視される」と、東京のドイツ日本研究所の歴史学者、トルステン・ヴェーバーは述べている。2013年秋に東京がオリンピック主催権を勝ち取って以来、ヴェーバーは日本の主要な美術館で開催された数多くのオリンピック展示を調査してきた。教科書資料と同様に、彼は次のように述べている:「歴史上の省略がなされても、プライドとナショナリズムの感覚は非常に明確に伝達されている」と。

 

 日本では、オリンピック開催が愛国心の強化を意図していること、それは最終的に憲法改正の承認を高める可能性があることは、周知の事実である。…

 

 12月末、共同通信が「東京オリンピック中止が危惧される中、北京冬季オリンピックの開催が迫っている」と伝えたとき、国の誇りと緊張が混ざり合ったように響いた。次の冬季オリンピックは、2022年2月に北京で開催される予定である。1月末にIOCトーマス・バッハ会長は、準備が順調に進んでいる主催者側を称賛した。この大会でも、予選イベントは中止されなければならなかった。しかし、中国には、少なくともこれまでのところ、オリンピックに関して大きな時間的プレッシャーは存在しなかった。

 

 その一方で、毎週が緊張の連続である日本はそうではない。主催者にとって、東京オリンピックが決して中止になってはならない理由、それは、歴史学者ヴェーバーによれば、次のとおりである:「最終的に中止になった場合、東京2020は、1964年のオリンピックの成功を想起させるものではなく、1940年の失敗した大会を想起させるものになるだろう。」隣の中国が活況を呈している一方で、高齢化により社会経済が停滞している日本では、それは、ナショナリストにとって大きな打撃となるであろう。


 そして、社会学者の伊藤氏は、「ナショナリストは、日本を生来のアジアの覇権国と思い込んでいる。しかし、東京オリンピックが再び中止に追い込まれた場合、日本はパンデミックに対するスポーツの勝利の祝賀の舞台になることはできない」と確信している。ちょうど1年後に、この役割はあらゆる場面でのライバルである中国に与えられるかもしれない。

 

 以上である。前回の記事とは異なり、今回の記事は、日本会議とオリンピックの関係や、中国との競合関係を指摘している事もあって、そこそこ面白かった。また、この記事に関連した別の記事に対する読者のコメントの中に「結局はすべてカネのためでしょ」といった内容のものもあり、この国の真相が案外知られているものだな、と思った。

 

 それにしても、オリンピックの背後に見え隠れする、この国を動かす力学が「面子とカネ」という示唆は、目下国内外の激しい批判に晒されている森会長の言動と併せて、私には、この国全体が、あたかも反社会的勢力ー暴力団ーそのものではないのか、といった思いすら抱かせるのである。