QVOD TIBI HOC ALTERI

Das ist ein Tagebuch...

病人のための法(3)

 形成されたすべてのものは、永続的ではありません(諸行無常)。


 それはそれ自体の方法で生じ、より多くのサンカーラを作成し、自然にそれ自体の方法で滅します。


 それらは永続的ではありません、ただそうなっています。


 このサンカーラの束は、本当にそのようなものです。

 

 それらはきっと今日で終わります。


 誰も生まれたり死んだりすることはありません。これら、正確にはこれらのサンカーラだけがあり、普通に消滅します。


 安穏はサンカーラの絶滅から生じます。


 サンカーラは涼しさ、涅槃において消滅し、形成は終わります。


 今日、心と体は消滅し、種子が残ることなく、生まれ変わることのない自然な活動です。 

 

 これがすべての仏教の中核です。仏教のすべてはこれに要約されます:すべてのsaṅkhāraとvisaṅkhāraは、まさにそのようなものです。それらがそのようなことを明らかにしているとき、立ち往生したり動揺したりする必要はありません。問題は何もありません。心が空になるように手放します。心が何にも執着しないことによって、すべてを解放します。

 

 今、私はあなた方のために、パーリ経典からいくつかの偈を唱えるつもりです。心してお聴きください。あなた方の目を閉じて、あなた方の思いを集中して、あなた方が聞いたものを、自らに浸透させてください: 

 

Sabbe saṅkhārā aniccāti yadā paññāya passati 

Atha nibbindati dukkhe  esa maggo visuddhiyā

(一切の形成されたものは無常である」(諸行無常)と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。)

 

Sabbe saṅkhārā dukkhāti yadā paññāya passati 

Atha nibbindati dukkhe  esa maggo visuddhiyā

(一切の形成されたものは苦しみである」(一切皆苦)と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。)

 

Sabbe dhammā anattāti yadā paññāya passati 

Atha nibbindati dukkhe  esa maggo visuddhiyā

(一切の事物は我ならざるものである」(諸法非我)と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。)

 

Saṅkhārā paramā dukkha tesaṃ vūpasamo sukho

(サンカーラは究極の苦であり、その寂滅は幸福です。) 

 

Nibbānaṃ paramā suññaṃ Nibbānaṃ paramā sukhaṃ

(涅槃は最高の空であり、涅槃は最高の幸福です。)

 

Nibbānaṃ paramā vadanti Buddhā.

(すべての仏陀は、涅槃は最高です、と説きます。)

 

Itipi  so  bhagavā  arahaṃ  sammāsambuddho  vijjācaraṇa-sampanno  sugato  lokavidū  anuttaro  purisadammasārathi satthā devamanussānaṃ buddho bhagavā ti.

(世尊は阿羅漢であり、正自覚者であり、明行具足者であり、善逝であり、世間解であり、無上の調御丈夫であり、天人師であり、覚者であり、世尊であります。)

 

Svākkhāto bhagavatā dhammo sandiṭṭhiko akāliko ehipassiko opanayiko paccattaṃ veditabbo viññūhi ti

(世尊の法は 善く、正しく説き示された教えです。実証できる教えです。普遍性があり、永遠たる教えです。「来たれ見よ」と言える確かな教えです。実践者を涅槃へ導く教えです。賢者たちによって各自で悟られるべき教えです。) 

 

Supaṭipanno  bhagavato  sāvakasaṅgho  ujupaṭipanno bhagavato  sāvakasaṅgho  ñāyapaṭipanno  bhagavato sāvakasaṅgho  sāmīcipaṭipanno  bhagavato  sāvakasaṅgho 

yadidaṃ  cattāri  purisayugāni  aṭṭha  purisapuggalā  esa bhagavato  sāvakasaṅgho  āhuneyyo  pāhuneyyo  dakkhiṇeyyo añjalikaranīyo anuttaraṃ puññakkhettaṃ lokassā ti.

(世尊の弟子たる僧伽は、正しい道を実践するものであり、涅槃への直道を歩むものであり、涅槃を目指して修行するものであり、尊敬に値する道を実践するものであります。これらは四双八輩という八類に属する世尊の弟子達を指す。この世尊の弟子たる僧団は、遠くから持ってくるものを受けるに値し、来客として接待を受けるに値し、徳を積むために供えるものを受けるに値し、礼拝を受けるに値する、世の無上の福田です。)

 

  「私」と「私のもの」の完全な絶滅に向かうような方法で、精神を維持することができますように。「私」のような苦しみを握ったり、あなたのものとしての物理的なサンカーラの変化に執着したりしないでください。すべてのサンカーラをそのようなものとして見ることによって、苦しみに執着することはありません。 

 

 このように一瞬一瞬はっきりと見てください。問題はありません。 生まれ変わる必要なしに、あらゆる面で落ち着きと癒しがあります。 

 

(終わり)