QVOD TIBI HOC ALTERI

Das ist ein Tagebuch...

戦争と原発

「私が戦った相手、アメリカ軍は、常に方法を変えてきた。あの手がだめならこれ、この手がだめならあれ、と。同じ型の突撃を馬鹿の一つおぼえのように機械的に何回も繰り返して自滅したり、同じ方向に無防備に等しいボロ船船団を同じように繰り返し送り出して自ら大量「死のベルトコンベア」を作るようなことはしなかった。

 

 あれが日本軍なら、五十万をおくってだめなら、百万を送ってだめなら二百万をおくる。そして極限まで来て自滅するとき「やるだけのことはやった、思い残すことはない」と言うのであろう。一億数千万円とかを投入した小野田少尉の捜索が失敗したとき、それに携わった人が言った言葉が、やはり「やるだけのことは、やった」であった。そして、バシー海峡ですべての船舶を喪失し、何十万という兵員を海底に沈め終わったとき、軍の首脳はやはり言ったであろう「やるだけのことはやった」と。

 

 だが、わずか三十年全ての人がバシー海峡の名前を忘れてしまった。なぜであろうか。おそらくそれは今でも基本的には全く同じ行き方をつづけているため、この問題に触れることを、無意識に避けていたからであろう、従ってバシー海峡の悲劇はまだ終わっておらず、従って今それを克服しておかなければ、将来、別の形で噴出してくるであろう。」(山本七平『日本はなぜ破れるのか-敗因21か条』より引用)

 
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 例年8月になると、あの戦争の事を想起せざるを得ない。その関連で、ある本を読んだ。『日本はなぜ破れるのか-敗因21か条』である。この歳になって、しかもある時期まで研究者であった自分にとって、自国の歴史について、知らなかったことが多いことに驚かされる。その一つが、「バシー海峡渡海作戦」である。著者の山本七平によれば、これは悪名高いナチのアウシュビッツガス室よりも高能率な、「溺殺型大量殺人機構」であったという。
 
 つまり、アメリカの潜水艦が跳梁跋扈する海峡を、1坪あたり14名と、過剰に兵員を積み込んだボロ輸送船が、護衛もなしに渡海する。結果は判りきったことである。山本によれば、こうした輸送艦は、雷撃を受けた場合、15秒程度で沈没したという。つまり、誰も助からないということである。
 
 今もそうであるが、あの戦争当時、この国の指導者たちは、自国の国民を、ちり紙か何かの何か極めて安価な消耗品のように粗末に扱って憚らなかったのである。あの戦争は、合理的な目的など皆無で、大量の自国の国民を、ただ苛めて殺しただけのものだけだったのではないのか。これは人類に対する犯罪である。それなのに、そうした人類史に残る蛮行を糾弾する声は、皆無である。この国が自滅するのも当然である。
 
 この関係で、福島原発事故を通して痛切に思い起こされる言葉がある:
 
「従ってバシー海峡の悲劇はまだ終わっておらず、従って今それを克服しておかなければ、将来、別の形で噴出してくるであろう。」
 
 日本人は、あたかもボロ船に乗って米潜水艦の潜むバシー海峡を渡っているようなものだ。 チェルノブイリ原発事故が起きて、5年ほどで、あれよ、あれよという間にソビエトは崩壊した。ゴルバチョフによればソビエト連邦が崩壊した真の原因はチェルノブイリ だという。
 
 しかし、あのソ連政府でさえ事故直後に子供たちを真っ先に安全な場所へ避難させている。そして、延べ数万人に及ぶというソ連兵が、Tシャツ一枚で原発の地下に穴を掘り廃炉への礎を築いている。要するに、この国は、非人間性という点で、旧ソ連をも凌駕するということである。
 
今一度山本の言葉を・・・
 
「私自身は、その人がどんな思想を持とうとその人の自由だと思うが、ただもし許されないことがあるなら、自己も信じない虚構を口にして、虚構の世界をつくりあげ、人びとにそれを強制することであると思う。簡単にいえば、日本の滅亡より自分の私物が心配なら軍人になるのをやめ、日本の運命より家作が心配なら、はっきりとそう言ってその言明にふさわしい行動をとればそれで十分だということである。」
 
 安全神話という虚構、そして放射能安全神話という虚構。責任回避と原子力利益追求によりこの国が滅亡しかけていることがわからない日本。
 
 テレビと新聞が本当の情報を流せばいいだけなのだ・・・・我が国未曾有の危機をなぜ我々日本人は、共有できないのだろうか?政府とメディアが危機を安全だと言い換えるからだと思う。安全だと言い続けることで責任を回避し解決に至らず。
 
 これが、退却を転進と呼び、全滅を玉砕と言い換えた大本営と同じ病理から来る。故に未だに敗戦記念日と呼べず終戦記念日と言い続ける。現実を言霊によって解決しようとする呪術なのだと思う。そう、竹槍で米軍と本土決戦で戦おうとしていた方法論と一緒である。
 
 日本人は、アジア全土で2千万を超す人命を奪い、多くの日本人も命を失い、国家経済は破綻し、多くの餓死者をだし、日本全土は、焦土と化し、原爆まで落とされたのだ。ほぼ、同じことが今、進行中なのである。私はそう妄想せざるをえないのである。